「目からうろこがおちる」

  • チャプレン室「こころのサプリメント」

「目からうろこがおちる」

チャプレン室 長濱 カンナ

そこでアナニヤは出かけて行って、その家に入り、サウロの上に手を置いてこう言った。「兄弟サウロ。あなたの来る途中、あなたに現れた主イエスが、私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです。」するとただちに、サウロの目からうろこのような物が落ちて、目が見えるようになった。

(使徒の働き9章17-18節)

 

皆さんは、何かをきっかけにして考えが180度転換した経験はありませんか。タイトルの「目からうろこが落ちる」ということわざは、何かをきっかけとして物事の実態や真実などに気付くという意味です。

このことわざは、使徒の働き9章で、キリスト教徒を迫害していたサウロが、劇的な回心を遂げるという話が由来になっています。今日の聖書箇所はその一部分です。

 

熱心なユダヤ教徒であるサウロは、キリスト教信者を捕らえ迫害していた人でした。サウロが逃げるキリスト教信者を追ってダマスコという地の近くに来た時、サウロは天から差す光に包まれ、イエス・キリストの声を聞きます。

「サウロ、なぜわたしを迫害するのか」途端にサウロは地に倒れ、目が見えなくなってしまいました。

イエスの指示に従い、サウロは同行者たちに手を引かれダマスコに滞在します。

 

一方、ダマスコにはアナニヤという弟子がいました。

主(イエス)から幻でサウロに会いに行くように指示を受けたアナニヤは、サウロのうわさを聞いていたので困惑しましたが、サウロに会いに行き、彼の目を癒し、再び見えるようにします。

サウロはその後、洗礼を受け、キリスト教の主要な伝道者となり、多くの教会を設立しました。

この出来事は、サウロの人生と信仰の転換点となり180度生き方が変わりました。

 

神様の愛に触れられ、目に覆いが取り去られると、聖書に記されている神の奥義、イエス様が語られたみことばを知ることができます。

近年、インターネットやSNSによって、いい話、勉強になることなど、いろいろな情報はあふれていますが、「神のことば」以上に価値あるものは他にありません。

 

神の愛を知ることができれば、思考が変わり、行動も変わります。

そうすると新しい景色に出会い、自分の見えている世界が以前とはまた違った世界に変わります。

 

目からうろこが落ちるという「気づき」がもたらすものは、個人の成長や人間関係の改善、さらには仕事や学びの成果向上にもつながり、人間にとって人生を豊かにする大切な要素と深く関わっているのです。